玄関のチャイムが鳴った瞬間、あるいはお散歩中に知らない人やワンちゃんとすれ違った瞬間。愛犬が突然、火がついたように吠え出して、ご近所の目が気になって、思わずお口を手でギュッと握って「静かに!」と叱ってしまう。そんな経験、ありませんか。
実はこの「口を握る」方法、ひと昔前のしつけ本ではよく見かけたものですが、現代の動物行動学では「愛犬との信頼関係を壊し、かえって噛み癖を悪化させてしまう、やってはいけない方法」と考えられています。
「えっ、よかれと思ってやっていたのに」と驚かれたかもしれません。でも、ご安心ください。今ここで気づけたことが何より大切です。この記事では、なぜ口をギュッとしてはいけないのか、その理由を紐解きながら、愛犬が自分から吠えるのをやめて、穏やかに過ごせるようになる、トレーニングをご紹介します。
お口を「ギュッ」とする方法が、おすすめできない2つの理由

①「お母さん犬が叱る時に口を噛む」は、大きな勘違いでした
口を握るしつけが広まった背景には、「野生のオオカミや母犬は、相手の口を噛んで叱る」という言い伝えがありました。だから人間も同じようにすれば犬は言うことを聞く、というわけです。
ところが、その後の研究で、犬同士が口に触れ合う行動は「叱っている」のではなく、むしろ「大好きだよ」「あなたの味方だよ」という仲良しのあいさつや、じゃれ合いだったことがわかってきました。つまり、もともと叱るための行動ではなかったのです。
それを人間が、力ずくで押さえつける形で行うと、愛犬にとっては「大好きな人から、突然わけもなく怖いことをされた」と感じられ、強い不安やパニックを引き起こしてしまいます。
②あなたの手は「おやつをくれる手」ですか?「お口が痛くなる怖い手」ですか?
犬にとって口の周りは、とてもデリケートで敏感な場所です。ここを無理に触られ続けると、犬は人の手そのものを怖がるようになってしまいます。
すると困るのが、これから先のお世話です。歯みがきや、動物病院での診察、爪切り、トリミング。どれも口や顔まわりに触れる場面ばかり。手を怖がる犬になってしまうと、こうした日常のケアが一切できなくなり、結果として愛犬の健康や寿命にまで影響しかねないのです。
大声で「ダメ!」も逆効果。吠え癖を頑固にする叱り方の落とし穴

愛犬は「お母さんも一緒に吠えてくれてる!」と勘違いしているかも
犬が吠えている時に、高い声や大きな声で「ダメ!」「コラ!」と叫ぶと、犬はどう受け取るでしょうか。実は「お母さんも一緒に興奮して、大きな声で応援してくれている!」と勘違いして、ますます張り切って吠えてしまうことがあるのです。これは、まわりが盛り上がると自分も盛り上がってしまう、という犬の性質によるものです。
かまってほしくて吠える時、叱ることは犬にとって「ごほうび」になる
「こっちを見て」「ごはんちょうだい」という要求で吠えている時もそうです。叱るために近づいたり、声をかけたり、体に触れたりすると、犬にとっては「吠えたらお母さんが注目してくれた、大成功!」となってしまいます。叱っているつもりが、むしろ要求吠えを長引かせる原因になっているのです。
海外の獣医師が発表。力づくのしつけが招く、悲しいデータ

力で押さえつけると、約4頭に1頭が「反撃」に出る
アメリカ・ペンシルベニア大学の研究チームが、行動の問題で病院を訪れた140頭の飼い主さんに、これまで行ったしつけと、それに対する愛犬の反応を調べました。その結果が、こちらです。
| 行ったしつけ | 犬が唸る・噛むなど反撃した割合 |
|---|---|
| 叩く・蹴る | 41〜43% |
| 犬に向かって唸る | 41% |
| くわえた物を力ずくで奪う | 39% |
| 仰向けに押さえつける | 31% |
| 顎をつかんで揺さぶる | 26% |
| 大声で「ダメ!」と叱る | 15% |
(出典:Herron ほか, 2009年)
口や顎をつかんで揺さぶる方法は、およそ4頭に1頭(26%)が本気で反撃に出ています。やさしい「ダメ!」という声がけでさえ、15%の犬が怖がって対抗する反応を見せました。つまり、力で従わせようとすると、飼い主さん自身が噛まれる危険を高めてしまうのです。
「唸る」のを禁止された犬は、ある日突然、警告なしで噛みつく
犬が唸るのは「これ以上は嫌だよ」という、ていねいな意思表示です。いわば、噛む前の大切な「警告サイン」。ところが、この唸りまでお口を塞いで叱り続けると、犬は「唸ると嫌なことが起きる」と学んで、唸るのをやめてしまいます。
でも、心の中の不安や恐怖はまったく消えていません。その結果、警告のプロセスをすべて飛ばして、ある日突然、前ぶれなくガブッと噛みつく――そんな危険な状態を、飼い主さん自らが作り出してしまうのです。
さらに、嫌なしつけを重ねられた犬は、ストレスホルモンが大きく増え、ものごとを悲観的に受け取りやすくなることもわかっています。ちょっとした物音にも敏感になり、よけいに吠えやすくなるという悪循環に陥ってしまうのです。
力はいりません。愛犬が自分から吠えやむ「完全無視」と「魔法のばらまき」

要求吠えには「見ない・触らない・話さない」を家族みんなで
「かまって」「出して」と要求して吠えている時は、「吠えても、いいことは何も起きない」と愛犬に体験してもらうのが近道です。吠え始めたら、その瞬間に動きを止めて、目を合わせない・触らない・話しかけない、の3つを徹底します。「ダメよ」「静かにね」という声がけも、犬にとってはごほうびになる可能性があるので、ぐっと我慢です。
そして、吠えがやんで3〜5秒ほど静かにできたら、すかさず「いいこ!」と静かに褒めて、おやつをあげたり要求にこたえたりします。「静かにすると、いいことがある」と教えてあげるのです。
ひとつだけ注意点があります。これを始めると、犬は「もっと吠えれば気づいてくれるかも」と、一時的に吠えが激しくなることがあります(これは効果が出る前ぶれです)。ここで一度でも根負けすると逆効果になるので、ご家族みんなで足並みをそろえて、最後まで貫いてくださいね。
チャイム吠えには、高級おやつの「ばらまき」で乗り切る
玄関チャイムに吠えてしまう子には、チャイムの音を「怖い音」から「うれしい音」に変えていく方法が効果的です。
まず、スマートフォンなどに録音したチャイム音を、犬が吠えないくらいのごく小さな音量で流します。そして音が鳴ると同時に、香りの強い特別なおやつ(細かく刻んだジャーキーなど)を床にパッとばらまきます。犬が鼻をクンクンさせておやつを探す行動には、気持ちを落ち着かせる働きがあるのです。
「音が鳴る→おいしいものが降ってくる」を何度もくり返すうちに、犬の中でチャイムが「いいことの合図」に変わっていきます。慣れてきたら、数日かけて少しずつ音量を上げ、最後は本物のチャイムでも落ち着いていられるようにします。おやつは必ず音が鳴った直後か、静かにできている時に。吠えている最中にあげると「吠えたらごほうび」になってしまうので気をつけましょう。
愛犬があなたに夢中になる。特効薬「手のひらタッチ」を始めよう

口を塞ぐ代わりに「手のひらにタッチ」する、すてきなルール
吠えている犬に「吠えないで!」と怒るのではなく、「お母さんの手に、お鼻をツンとしてごらん」と、別の楽しいお仕事を用意してあげる。これが「手のひらタッチ」です。タッチをしている間は吠えられませんから、自然と吠えがおさまっていきます。
今日からおうちでできる、5分間の練習ステップ
- おやつを手の中に握って隠し、愛犬の顔の横30cmほどのところに、パッと手のひらを差し出します。最初におやつを見せないのがコツです。
- 犬が「なんだろう」と近づいて、鼻先が手に触れた瞬間に「そう!」「いいこ!」と声をかけ、すぐに手を開いておやつをあげます。これを場所を変えながら何度もくり返します。
- 慣れてきたら、手を出す位置を少しずつ遠ざけ、犬が自分から歩み寄ってタッチしに来るようにします。これで、興奮している窓辺などから、無理に抱き上げず別の場所へ誘導できます。
- 次は、おやつを握らない空の手でタッチさせ、ごほうびは反対の手から出します。こうすると、おやつを持っていない時でも手のひらだけで合図できるようになります。
- 最後はお散歩中などの実践へ。遠くにワンちゃんが見えて、愛犬が吠える前の「あっと気づいた瞬間」に、サッと手のひらを差し出します。吠える代わりにタッチしておやつ、で何ごともなくすれ違えるようになります。
コツは、一番上手にできて愛犬が一番楽しそうな時に、あえて「おしまい!」と切り上げること。「もっとやりたかったのに」という気持ちが残ることで、明日もはりきって練習してくれますよ。
おわりに

犬のしつけは、力で押さえ込む我慢比べではなく、人と犬で取り組む「楽しい知恵くらべ」のようなものです。口を塞いで従わせる時代から卒業して、手のひらタッチで目を輝かせながら通じ合える、笑顔いっぱいの毎日へ。今日、ほんの小さな一歩を踏み出してみませんか。あなたの愛犬は、きっとそれにこたえてくれます。