「どうして犬は乳がんになるの？」「うちの子が乳がんにならないか心配…」
愛犬の体に“しこり”を見つけた時、多くの飼い主さんが「乳がん」の可能性を心配されるでしょう。犬の乳がんは、特に避妊手術をしていない中高齢のメス犬に多く発生する病気であり、その原因を知ることは、愛犬を病気から守るための第一歩です。
この記事では、犬の乳がんの主な原因から、リスクを高める要因、そして最も効果的な予防法まで、獣医師が網羅的に解説します。
この記事でわかること
- 犬の乳がん（乳腺腫瘍）の最も大きな原因である「ホルモン」との関係
- 年齢、犬種、肥満など、乳がんのリスクを高めるその他の要因
- 愛犬を乳がんから守るための最も効果的な予防法
- 見逃したくない乳がんの初期症状と、悪性を疑うサイン
- 自宅で今日からできる「しこり」のセルフチェック方法
犬の乳がん（乳腺腫瘍）とは？
まず、犬の乳がんがどのような病気なのかを理解しておきましょう。
乳腺にできる「しこり」のこと
犬の乳がんとは、母乳を作るための組織である「乳腺」にできる悪性の腫瘍を指します。一般的に、良性を含めて「乳腺腫瘍」と呼ばれます。犬の乳腺は、前足の付け根から後ろ足の付け根（内股）にかけて左右に5対、合計10個あり、そのいずれにも腫瘍ができる可能性があります。
良性と悪性の割合と特徴
犬の乳腺にできる腫瘍のうち、およそ50%が良性、残り50%が悪性（乳がん）と言われています。良性の場合は転移の心配はありませんが、悪性の場合はリンパ節や肺などに転移し、命を脅かす危険があります。
しかし、たとえ悪性（乳がん）であっても、腫瘍が小さく、転移がない早期の段階で手術を行えば、完治が期待できる病気です。
犬の乳がんの最大の原因は「女性ホルモン」
犬の乳がんが発生するメカニズムは完全には解明されていませんが、その最大の原因は「女性ホルモン（エストロゲンやプロゲステロン）」の長期間にわたる影響であると考えられています。
メス犬は発情（ヒート）のたびに、卵巣から女性ホルモンが大量に分泌されます。このホルモンが乳腺組織を繰り返し刺激することで、細胞に異常が起きやすくなり、腫瘍の発生につながるのです。これが、避妊手術をしていないメス犬に乳がんの発生率が圧倒的に高い理由です。
ホルモン以外にも！乳がんのリスクを高める要因
女性ホルモンの影響が最大の原因ですが、他にも以下のような要因が乳がんのリスクを高めることが知られています。
年齢
乳がんは、9歳以上の中高齢の犬に多く発生します。これは、長年にわたってホルモンの刺激を受け続けてきた結果と考えられます。ただし、若い犬でも発生する可能性はゼロではありません。
遺伝的素因となりやすい犬種
特定の犬種で乳がんの発生率が高いことが報告されており、遺伝的な要因も関与していると考えられています。特に以下の犬種は注意が必要とされています。
- プードル
- イングリッシュ・セッター
- コッカー・スパニエル
- ダックスフンド
- マルチーズ
- ヨークシャー・テリア など
肥満と食事
肥満は万病のもとと言われますが、乳がんのリスクも高める可能性があります。特に、若い時期（1歳頃）に肥満だった犬は、乳がんの発生率が高いという報告があります。脂肪組織からも女性ホルモンに似た物質が分泌されるため、肥満はホルモンバランスを乱す一因と考えられます。
また、赤身肉や脂肪分の多い食事を長期間与えることも、リスクを高める可能性が指摘されています。
乳腺炎の既往歴
過去に乳腺炎（乳腺の細菌感染による炎症）を起こしたことのある犬は、乳がんの発生率が上昇するというデータもあります。慢性的な炎症が、細胞のがん化を促進するのではないかと考えられています。
愛犬を乳がんから守るために【予防と早期発見】
原因が分かれば、効果的な予防につなげることができます。愛犬を乳がんから守るために、飼い主さんができることをご紹介します。
最も効果的な予防法は「早期の避妊手術」
犬の乳がんを予防する上で、最も確実で効果的な方法は、若いうちに避妊手術を行うことです。原因となる女性ホルモンを分泌する卵巣を摘出することで、乳がんの発生率を劇的に下げることができます。
【避妊手術の時期と乳腺腫瘍の発生率】
- 初回発情前：発生率 0.5%（発生リスクを99.5%減少）
- 初回発情後～2回目発情前：発生率 8%（発生リスクを92%減少）
- 2回目発情後～：発生率 26%（発生リスクを74%減少）
このように、避妊手術は早ければ早いほど、その予防効果は絶大です。繁殖の予定がなければ、最初の発情が来る前に避妊手術を検討することをお勧めします。
自宅でできる！しこりのセルフチェック方法
乳がんは早期発見が何よりも重要です。日頃のスキンシップを兼ねて、月に1回程度、愛犬の体をチェックする習慣をつけましょう。
- 愛犬をリラックスさせ、仰向けか横向きに寝かせます。
- 前足の付け根（脇の下）から、胸、お腹、後ろ足の付け根（内股）にかけて、乳首の周りを優しく触ります。
- 指の腹を使って、皮膚と筋肉の間をなでるようにし、「コリコリしたしこり」や「硬い塊」がないかを確認します。
米粒ほどの小さな変化でも、見つけたら自己判断せず、必ず動物病院を受診してください。
【要注意】こんな症状は乳がんのサインかも？
初期の乳がんは、しこり以外に症状がないことがほとんどです。しかし、進行すると様々なサインが現れます。
- しこりが急に大きくなった
- しこりの表面の皮膚が赤黒く変色したり、破れて出血や膿が出たりする
- しこりの周りが熱を持っている
- しこりを痛がる
- 咳が出る、呼吸が苦しそう（肺への転移の可能性）
- 元気や食欲がない、痩せてきた
これらの症状が見られる場合は、悪性（乳がん）の可能性や、すでに進行している可能性が高いため、一刻も早く動物病院を受診してください。
犬の乳がんの原因に関するよくある質問（Q&A）
Q. オスの犬も乳がんになりますか？その原因は？
A. 非常に稀ですが、オスの犬も乳がんになることがあります（全乳腺腫瘍の1%未満）。オスには女性ホルモンの影響がないため、原因は明確にはわかっていませんが、遺伝的要因などが考えられています。オスにできた腫瘍は悪性度が高い傾向があるため、しこりを見つけたらすぐに受診が必要です。
Q. 避妊手術をすれば100%乳がんを防げますか？
A. いいえ、100%ではありません。特に、複数回発情を経験してから避妊手術をした場合は、すでに乳腺がホルモンの影響を受けているため、将来的に乳がんが発生するリスクは残ります。しかし、手術をすることで、新たな腫瘍の発生リスクを下げたり、良性腫瘍の発生を抑えたりする効果は期待できます。
Q. ストレスは乳がんの原因になりますか？
A. ストレスが乳がんの直接的な原因になるという科学的な証拠は現在のところありません。しかし、慢性的なストレスは免疫力を低下させ、体の様々な不調につながる可能性があります。がん予防に限らず、愛犬が心身ともに健康でいられるよう、ストレスの少ない環境を整えてあげることは非常に重要です。
まとめ
犬の乳がんの最大の原因は、避妊手術をしていないことによる女性ホルモンの長期的な影響です。しかし、それは裏を返せば、「早期の避妊手術」によって、その発生リスクを大幅に減らすことができるということです。
すでに避妊手術のタイミングを逃してしまった場合でも、日々のセルフチェックによる早期発見が、愛犬の命を救う鍵となります。愛犬との大切な時間を一日でも長く過ごすために、正しい知識を持って、予防と早期発見に努めましょう。