「最近、なんだか水を飲む量が増えた気がする」
「しっかり食べているのに、なぜか痩せてきた…」
「もしかして、うちの子は糖尿病…?」
愛犬の些細な変化に、そんな不安を感じていませんか?犬の糖尿病は、近年増加傾向にある病気の一つです。放置すると様々な合併症を引き起こし、時には命に関わることもあるため、正しい知識を持つことが非常に重要です。なぜ、犬は糖尿病になってしまうのでしょうか?
この記事では、犬の糖尿病の「原因」に焦点を当て、考えられる様々な要因から、見逃したくない初期症状、そして家庭でできる予防法まで、獣医師の視点から徹底的に解説します。
この記事でわかること
- 犬の糖尿病が起こる基本的なメカニズム
- 糖尿病のサインを見つけるための初期症状チェックリスト
- 糖尿病を引き起こす5つの主要な原因(肥満、遺伝、他の病気など)
- 原因に基づいた、今日から実践できる具体的な予防法
- 糖尿病の原因に関する飼い主さんのよくある疑問
そもそも犬の糖尿病とは?インスリンの働きが悪くなる病気
犬の糖尿病とは、血液中のブドウ糖(血糖)の濃度をコントロールできなくなり、常に血糖値が高い「高血糖」の状態が続いてしまう病気です。
私たちの体には、膵臓(すいぞう)から分泌される「インスリン」というホルモンがあります。インスリンは、食事で得たブドウ糖を体の細胞に取り込ませ、エネルギーとして使えるようにする「細胞へのエネルギー配達員」のような重要な役割を担っています。
糖尿病になると、このインスリンが不足したり(分泌不全)、うまく作用しなくなったり(インスリン抵抗性)します。その結果、細胞はエネルギー不足に陥り、血液中には使われなかったブドウ糖が溢れかえってしまうのです。
犬の糖尿病は、この「インスリンが絶対的に不足する」Ⅰ型糖尿病がほとんどを占めます。
【原因の前に】見逃さないで!犬の糖尿病の初期症状チェックリスト
原因を知る前に、まずは愛犬に糖尿病のサインが出ていないか確認してみましょう。以下の項目に当てはまるものがあれば、早めに動物病院に相談することをおすすめします。
- 以前より明らかに水を飲む量が増えた
- おしっこの回数や1回の量が増えた(トイレシートがずっしり重いなど)
- 食欲は旺盛なのに、体重が減ってきた
- 毛ヅヤが悪くなってきた
- 疲れやすくなり、散歩や遊びに乗り気でなくなった
- 目が白く濁ってきたように見える(合併症の白内障)
症状が進行し、治療が適切に行われないと「糖尿病性ケトアシドーシス」という非常に危険な状態に陥ることがあります。ぐったりして元気がない、食欲不振、嘔吐、下痢などの症状が見られた場合は、命に関わる緊急事態なのですぐに動物病院を受診してください。
犬の糖尿病を引き起こす5つの主な原因
では、なぜインスリンが正常に機能しなくなってしまうのでしょうか。犬の糖尿病の原因は一つではなく、複数の要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。
原因1:遺伝的素因
特定の犬種は、遺伝的に糖尿病を発症しやすい傾向があることが知られています。これは、インスリンを分泌する膵臓の細胞が破壊されやすい体質を受け継いでいるためと考えられています。
【糖尿病になりやすいとされる主な犬種】
- ミニチュア・シュナウザー
- トイ・プードル、ミニチュア・プードル
- サモエド
- ビーグル
- ダックスフンド
- ケアーン・テリア など
これらの犬種を飼っている場合は、特に肥満などに注意し、定期的な健康診断を心がけることが大切です。
原因2:肥満
肥満は犬の糖尿病における最大の危険因子の一つです。体に脂肪がつきすぎると、脂肪細胞からインスリンの働きを邪魔する物質が分泌されます。これにより、インスリンが分泌されていても効果が出にくい「インスリン抵抗性」という状態に陥りやすくなります。
インスリンが効きにくいと、体は「もっとインスリンが必要だ!」と勘違いし、膵臓に過剰な負担をかけ続けます。この状態が長く続くと、やがて膵臓が疲弊し、インスリンを分泌する能力そのものが低下してしまうのです。
原因3:他の病気の影響
他の病気が原因で、二次的に糖尿病を発症することもあります。
- 膵炎(すいえん):インスリンを分泌する膵臓そのものが炎症を起こす病気です。慢性的な膵炎は、インスリン分泌細胞を破壊し、糖尿病の直接的な原因となります。
- クッシング症候群(副腎皮質機能亢進症):体内のコルチゾールというホルモンが過剰になる病気です。このコルチゾールがインスリンの働きを強力に妨害するため、高確率で糖尿病を併発します。
- 感染症:歯周病や膀胱炎など、体内で慢性的な炎症や感染があると、インスリン抵抗性を引き起こし、糖尿病の引き金になることがあります。
原因4:性別とホルモンバランス(特に未避妊のメス)
犬の糖尿病は、中高齢の未避妊のメス犬に特に多く見られます。これは、メス特有の性ホルモンが大きく関係しています。
メス犬は発情(ヒート)が終わった後の「黄体期」という時期に、プロジェステロンというホルモンが分泌されます。このホルモンがインスリン抵抗性を引き起こすため、一時的に血糖値が上がりやすい状態になります。この発情周期が繰り返されるたびに膵臓に負担がかかり、やがて本格的な糖尿病へと移行してしまうのです。
原因5:薬の副作用
アレルギー性皮膚炎や免疫介在性疾患などの治療で、ステロイド剤(副腎皮質ホルモン薬)を長期的に使用している場合、その副作用としてインスリン抵抗性が生じ、糖尿病を発症することがあります。治療上、どうしても必要な薬ですが、獣医師は常にそのリスクを考慮しながら投薬を行っています。
原因を知って実践!愛犬を糖尿病から守るための予防法
遺伝など避けられない原因もありますが、生活習慣を見直すことで糖尿病のリスクを下げることが可能です。
- 適正体重の維持が最も重要:最大の危険因子である肥満を防ぐことが、何よりの予防策です。食事の量や内容を見直し、愛犬の体型に合った体重をキープしましょう。
- バランスの取れた食事管理:人間の食べ物や高カロリーのおやつは避け、良質な総合栄養食を適切な量与えましょう。
若いうちの避妊手術の検討:
-
- メス犬の場合、若いうちに避妊手術を受けることで、発情周期に関連したホルモンが原因となる糖尿病のリスクを大幅に減らすことができます。 –
定期的な健康診断:
- 特に7歳以上のシニア期に入ったら、年に1〜2回は血液検査を含む健康診断を受け、病気の早期発見に努めましょう。
犬の糖尿病の原因に関するよくある質問(Q&A)
Q1. おやつが原因で糖尿病になりますか?
A. おやつそのものが直接の原因になるわけではありません。しかし、おやつの与えすぎはカロリーオーバーに繋がり、糖尿病の最大の危険因子である「肥満」を招きます。おやつを与える場合は、1日の総摂取カロリーの10%以内にとどめ、低脂肪・低カロリーのものを選ぶなど、厳格な管理が必要です。
Q2. 老犬になると糖尿病になりやすいですか?
A. はい、その傾向があります。犬の糖尿病は7〜10歳の中高齢での発症が最も多いとされています。加齢に伴い膵臓の機能が低下したり、運動量が減って太りやすくなったりすることが関係していると考えられます。
Q3. オスとメスではどちらが糖尿病になりやすいですか?
A. 統計的には未避妊のメス犬の発生率がオスの約2倍と、明らかに高いことが知られています。これは、発情周期後のホルモンバランスの変化がインスリンの働きを妨げるためです。ただし、避妊済みのメスとオスでは発生率に大きな差はありません。
Q4. 避妊手術をすれば絶対に糖尿病になりませんか?
A. いいえ、絶対ではありません。避妊手術は、あくまで発情に伴うホルモンが原因となるタイプの糖尿病を予防するものです。肥満や遺伝、膵炎など他の原因による糖尿病のリスクは残ります。ただし、避妊手術後はホルモンバランスの変化で太りやすくなるため、より一層の体重管理が重要になります。
Q5. 糖尿病は他の犬や人にうつりますか?
A. いいえ、うつりません。糖尿病は、ウイルスや細菌による感染症ではなく、体内のホルモンバランスの乱れによって起こる代謝性の病気です。そのため、他の犬や人間、他の動物に伝染する心配は一切ありません。
まとめ:糖尿病の原因は様々。予防と早期発見が鍵
犬の糖尿病の原因は、肥満や遺伝、他の病気、ホルモンバランスなど多岐にわたります。これらの原因が複雑に絡み合って発症するため、「これさえしなければ大丈夫」というものはありません。
しかし、原因を知ることで、日々の生活の中でリスクを減らす行動をとることができます。愛犬の体重管理や食事に気を配り、定期的に健康診断を受けること。そして、「水をよく飲む」などの小さなサインを見逃さず、早期発見・早期治療に繋げることが、愛犬の健康を守る上で最も大切なことです。