「愛犬がしっぽを振って喜んでいる」と思って頭をなでたら、急に「ウーッ」と唸られた。あるいは、いきなり手を噛まれてしまった――。そんな経験に、心当たりのある方は少なくないのではないでしょうか。
「あんなに嬉しそうにしっぽを振っていたのに、どうして?」と、戸惑ったり悲しくなったりした方もいらっしゃると思います。でも、これはあなたの愛情が足りなかったからでも、愛犬が急に性格を変えたからでもありません。実は「しっぽを振る=喜んでいる」という私たちの思い込みそのものに、すれ違いの原因が隠れているのです。
今回は、犬の行動を科学的に研究してきた成果をもとに、しっぽが本当に伝えている気持ちと、噛まれずに信頼関係を深めるための「なで方」をご紹介します。今日から愛犬との毎日が、少し変わるかもしれません。
1.「しっぽを振る=喜んでいる」は、実は大きな誤解
まず知っていただきたいのは、しっぽを振る動きは「喜び」だけを表しているわけではない、ということです。専門的には、しっぽの動きは犬の「気持ちの高ぶり具合」を映し出すものだと考えられています。つまり、嬉しくて高ぶっているときも、警戒して緊張しているときも、犬は同じように「しっぽを振る」のです。だからこそ、振っているかどうかだけで気持ちを判断するのは危険です。
① 右に振るか、左に振るか
近年の研究で、とても興味深いことが分かってきました。犬がしっぽを「体の右寄り」に振るときは、飼い主さんや親しい相手など、好きなものに接するときの安心した状態。反対に「体の左寄り」に振るときは、見慣れないものや苦手な相手に対する警戒の状態だというのです。
これは犬の気まぐれではなく、脳の左右の働きの違いが動きにあらわれたものだと考えられています。さらに驚くのは、犬同士でもこの左右の違いを見分けているという実験結果です。左寄りに振るしっぽを見せられた犬は心拍数が上がり、落ち着かない様子を見せた一方、右寄りのしっぽには穏やかに反応したと報告されています。犬たちは、しっぽの向きから相手の気持ちを読み取っているのですね。
② 高さと速さにも注目
向きに加えて、しっぽの「高さ」と「振り方」も大切なヒントになります。特に注意したいのが、しっぽを高い位置でピンと立て、小刻みに小さく速く振っているとき。一見すると勢いよく喜んでいるように見えますが、これはむしろ「今は近づかないで」という強い緊張や警告のサインであることが多いのです。この状態で手を伸ばすと、噛みつきなどのトラブルにつながることがあります。
反対に、しっぽを低めの位置で、体全体を揺らすようにゆったりと大きく振っているときは、リラックスして心を許しているサイン。同じ「振る」でも、高さと速さでまったく意味が変わるのです。
2.犬は噛む前に、段階を追って「やめて」と伝えている
「何の前触れもなく突然噛まれた」と感じる出来事も、実は突発的ではありません。犬は噛みつく前に、いくつものサインを順番に出して、「そろそろやめてほしい」と一生懸命に伝えているのです。この段階的なサインは、弱いものから強いものへと梯子を上るように高まっていく、と説明されています。
最初はとても小さなサインから
いちばん初めに出るのは、あくびをする、鼻先をペロッとなめる、そっと目をそらす、といった控えめな仕草です。これらは「ちょっと落ち着きたいな」という、犬なりの気持ちを静めるためのサインです。ここで人が気づかずになで続けると、犬は「気持ちが伝わらない」と感じ、体をこわばらせて固まる、顔や体を背ける、といった、よりはっきりした拒否へと進みます。それでも伝わらないと、ようやく「唸る」「歯を見せる」という強い警告に至ります。
「唸ったから叱る」が、いちばん危険
ここで、多くの飼い主さんがやりがちで、けれど絶対に避けていただきたいことがあります。それは、唸った愛犬を大声で叱ったり、罰を与えたりして、無理やり黙らせることです。
唸り声は、犬にとって「噛みたくないから最後に警告している」大切なサインです。これを叱って抑え込んでしまうと、犬は「唸っても嫌なことをされる。それなら警告しても無駄だ」と学習してしまいます。その結果、次に限界が来たときには、あくびや唸りといった前触れをすべて飛ばして、いきなり噛みつくようになってしまうのです。「前触れなく噛む犬」は、こうして人の手によってつくられてしまうことがあります。唸りは、叱るのではなく「今、無理をさせているんだな」と気づくための合図だと考えてください。
3.なでる前の「3秒の確認」で、すれ違いを防ぐ
では、どうすれば愛犬に嫌がられず、噛まれずになでてあげられるのでしょうか。おすすめしたいのが、犬自身に「なでてもいい?」と確認する、とても簡単な方法です。
たった3秒でできる確認の手順
まず、犬の正面から近づいたり、じっと目を見つめたりするのは避けましょう。犬にとって、正面から覆いかぶさる姿勢や、まっすぐ目を見ることは「威嚇」に感じられてしまいます。体を横向きにして、視線を少し外しながら、犬のほうから近づいてくるのを待ちます。
犬が寄ってきたら、頭のてっぺんではなく、胸元や肩のあたりを3秒間だけそっとなでます。3秒たったら、いったん手を止めて、犬から少し離れてみてください。そして、犬がどんな反応をするかを静かに観察します。
「もっと」と「もうやめて」の見分け方
手を止めたときに、犬のほうから体をすり寄せてきたり、鼻先で手をつついて「もっとなでて」と催促してきたりしたら、それは「続けていいよ」の合図。表情や体がゆるんで、しっぽを右寄りにやわらかく振っていることも多いです。そのときは、また胸元や肩を3秒なでてあげましょう。
反対に、目をそらす、あくびをする、鼻をなめる、体が固まる、そっと離れていく、といった様子が見られたら、それは「もうやめて」のサイン。そこで無理に続けず、静かに手を引いてあげてください。この「3秒なでて、手を止めて、反応を見る」のくり返しが、愛犬の気持ちを尊重した、いちばん安全なスキンシップになります。
4.触ると怒るのは、体のどこかが痛いのかもしれません
いつもは平気なのに、あるとき急に、特定の場所を触ると怒るようになった――。そんなときは、しつけや気持ちの問題ではなく、体の痛みが隠れている可能性も考えてみてください。
たとえば、腰や背中、しっぽの付け根に痛みがあると、そこに触れられた瞬間に、身を守ろうとして反射的に噛んでしまうことがあります。関節の不調や、皮膚のかゆみ・炎症、耳の不快感などが原因になることも少なくありません。「気持ちの問題」だと決めつけず、まずは「どこか痛いのかも」という視点を持つことが大切です。
特に、今までと様子が変わった、決まった場所を触ると嫌がる、といった変化があるときは、動物病院で相談してみましょう。行動の専門的な相談にのってくれる窓口もありますので、気になることがあれば、ひとりで抱え込まずに頼ってみてください。
まとめ|愛犬の「言葉」を受け取れば、絆はもっと深まる
しっぽを振る犬に噛まれてしまうのは、犬のわがままでも、突然の事故でもありません。犬が一生懸命に出していた小さなサインを、私たちが見落としてしまった結果なのです。
しっぽの向きや高さ、あくびや目そらしといった控えめな仕草。それらは、犬から私たちへの大切な「言葉」です。その言葉に気づいて、尊重してあげること。それが、悲しい事故を防ぐいちばんの近道であり、愛犬との信頼をより深いものにしてくれます。完璧でなくて大丈夫。今日、この記事を読んで気づけたことが、何よりの一歩です。